鍼灸で健康維持・病気予防・病気治療ができるわけ -パート2-

はじめに

一本のハリ(針)、一つまみのもぐさ(艾)を用いる鍼灸がどうして健康維持、病気予防、病気治療ができるのか、不思議に思われる方が多いでしょう。それよりむしろそんなので効はずがないと思っている方の方が多いのではないでしょうか。

前回は、生体を少し傷つけることが鍼灸の効果につながることを述べましたが、今回は伝統医学の観点から鍼灸の効果を解説します。

そのためには、イノチ(命)とは何か、健康とは何か、病気とは何か、治るとは何か、治療とは何かを説明する必要があります。

1.イノチ(命)とは何か

天地万物は全て気によって存在し、人は、天地との気の交流と体内の気の循環によって生命(イノチ)が養われ維持され、気が離れ気の流れが途絶えると死となるという考え方が古代中国にはあります。今でも十分に存在価値のある思想であり、この気一元の考え方が伝統医学の基盤となる死生観です。

黄帝内経(中国古代医学の原典)をはじめとする伝統医学では、心と体は一体(心身一如)であるという身体観を有しています。物事に拘泥せず無欲(恬憺虚無)な精神(心)状態であれば、真気(精気)が心身を守ることができるという健康観があります。

五蔵に五神、七情(五志)等の精神が宿るという考え方がありますが、これは内臓が正常であれば精神は安定し、内臓の失調により精神に変調が起きることを意味しています。体が健全であることが取りも直さず精神(心)の安定になることをも教えています。

従って、伝統医学では、心(気質)の安定と健全な体(体質)を維持することによって、心身の気の流れが順調になり、天地との気の交流も円滑で健康がもたらされると考えます。反対に、気質、体質の状態が悪くなると、気の流れが不調になりアンバランス(陰陽の失調)が生じ病気になり、さらには天地との気の交流にも支障をきたし病気は悪化すると考えているのです。
私はこの考え方を基本にして心と体を観ています。

2.健康とは何か

健康とは、心が安らか、体がすこやか、心と体が一体(ぶれていない)な感覚である状態のことです。
安らかな心は、情緒が安定し、感受性が鋭く、適切な判断が可能で、たとえ情動が大きく乱れても速やかに回復する状態です。
すこやかな体は、背筋が通り、身体各部のバランスがとれ、表情、行動が生き生きとした状態です。
上記でも伝統医学の考え方による健康の本質に触れましたが、伝統の基礎医学によってもう少し説明すると、「健康とは、心身の内外を流れる気血水(津液)が順調に過不足なく循環している状態のことである。」となります。

3.病気とは何か

「病気とは、不注意、不摂生、医学に対する認識の誤り等、日常生活上の問題から、心身が自然の道から反れることによって、悪いもの(邪気)が入ったり、できたりして起こる現象である。
病気に伴う種々の不快な症状は、体に備わった自然治癒力(正気)が邪気を排除する過程で起こる現象であり、病気は同時に回復過程であるともいえる(環境への一適応現象であるといえる)」

不注意というのは、例えば、今日の天気は雨という予報があったにもかかわらず傘を忘れ、雨に降られて風邪を引く、といったことです。
また、扇風機をかけたままうたた寝をして神経痛が悪化したというようなことです。

不摂生というのは、会社の仕事や付き合いで暴飲暴食が続いたとか、仕事が忙しく毎日午前さまで睡眠が不足しているといったことです。

いずれも感受性の低下がベースにありそれをさらに鈍化させていくので、なかなか症状として出ないか、出た場合には病気が進んでいて、治りにくくなっていたりします。
そればかりか、病気にならないで命取りになることもあります(過労死)。馬鹿は風邪を引かないといいますが、感受性が鈍化しても風邪を引きません。転ばぬ先の杖で、初期(軽度)の病気にはかかる方がよいともいえます。

風邪などの軽度な病気を引きやすい場合、もちろん抵抗力が弱っていることもありますが、感受性が敏感であるともいえるのです。薬などを飲まないでゆっくり休んでうまく経過すると、引く前より体が元気になることもあります(『風邪の効用』野口晴哉著)。一病息災です。

医学に対する認識の誤りというのは、例えば、病気になると医者に行って薬を飲まないと治らないという間違った医学常識があります。また、ちょっとした症状でも癌に結びつけたり、癌は治らないと思い込んでいたりして病気をいたずらに恐れるといったことです。
病気はつらいもので常に死と背中合わせにあるという常識を真に受けているから、病気を恐れ、怯え、不安、パニックを起こすのです。

また、自分にとって苦痛で嫌なことが病気であると思い込んでる人も多いです。鍼灸治療をすると状況によってその症状がさらに強く出てから解消することがよくありますが、患者さんは悪化したと思ってびっくりします。治るということは薬で苦痛がなくなることと同じことだと単純に考えているからなのです。

このようなことが起こるのは、悪いものが外から侵入して病気になるという考え方や病気は悪であるという認識だけが常識化した結果なのです。病気は同時にカラダ(生命力)が一生懸命に治そうとしている過程であるというもう一面の考え方が常識にないこと(軽視ないし無視)から起こるのです。

不注意も不摂生も医学に対する認識の誤りも全て個人の問題になります。個人がこのようなことに気を付ければ病気にはならないということで、病気になるのもならないのも個人の主体性が大事であるということです。
また、病気は医者や薬が治すといった呪縛(誤った認識)から自らを開放する必要があります。

4.治るとは何か

「病気は、天地自然から与えられた生命の力である気が自然治癒力として十分に発現することによって治るのである。
生命力は、生得的な力である先天の気と後天の気である食によって得た気(地の気)と呼吸によって得た気(天の気)とが合体した力(自然良能)である。
これは正常時には心身を育む新陳代謝(自己再生)を続ける力であり、常に外邪(敵)から身を守る(自己防衛)力である。
異常(病気)時には自然治癒(自己回復)力として働く力である」

5.治療とは何か

「治療とは、自然治癒力(生命力)が最大に発揮できるように援助することであり、生命力の消耗を最小限にすることである。さらにはこの力を妨げているものをいかに排除していくかである。
従って、病人の精神的、肉体的な苦痛を排除もしくは緩解させるものであれば全て治療である。それは、生命力(気)の消耗、分散を最小限にすることが可能となり、生命力の自然治癒力への転化が最大になるからである。」

具体的に自然治癒力を阻害する要因を上げると、最大の要因は精神不安であり、次に、過労(精神的、肉体的)、睡眠不足、栄養不足、栄養のアンバランス、運動不足、姿勢、動作の不良等であり、痛みなどの苦痛であります。

治療といえば薬、手術しかないように思っている人が多いのですが、病人の話に耳を傾けたり、病人の気持ちを和らげることやカラダに気持ちの良いこと(撫でたり、揉んだり、手を当てたりすること)は全て治療になります。
また、何もしないで様子をみる(時期を待つ)ことも重要な治療の一つです。

このように治ることの本質が自然治癒力にあるという前提に立つと、いろいろな治療法があることに気づき、病人およびその身近にいる人でも治療ができるということが分かります。

さらには、病人の周囲の環境整備―清潔・整理・整頓―などや患者の気に入った花を飾ったり、絵を掛けたり、音楽を聴いたりすることなど全て広い意味では治療になるのです。これも同様に医療関係者でなくてもできることです。

広い意味の治療は、臨床家だけではなく、病人とその身近な人とが協力し合って初めて成立します。病気が難病であればあるほどこの協力体制は生きてきます。
病気の治ることの本質を三者が心の底から信じて、積極的に治療にかかわることができれば、現代医療で治せない難病奇病にも奇跡は起こります。

以上のことを要約すると次のようになります。

以上のことから、天地自然万物全て、気によって存在し、気によって動いていることが分ります。これを踏まえて鍼、灸の治効理論を考えると次のようになります。

「鍼灸の効果は、全て気をいかに操作するかにかかる。即ち、生命力である気をいかにして増やし、邪気(病邪)をいかにして排除するかである。
これを伝統医学の専門用語で表現すれば、鍼あるいは灸が効くのは、正気を補い邪気を瀉すことにより、自然治癒力の発現を促進することができるからである。」

灸の種類については前に説明しましたので、灸の効果について述べます。

先ず温灸は陽気を患部に補充する効果がありますが、これを補気と言います。また、気血の流れを活発にする効果もありますが、これを理気と言います。これにより自然良能である自己防衛力や自己回復力が活発になり、その結果、健康維持、病気予防になります。同じように自然治癒力の発現を促しますから病気治療にもなります。

透熱灸は、陽気を補う補気と邪気のうっ滞を取り除く理気があります。それにより気血が増加し、血行が促進され、自然良能である自己防衛力、自己回復力が高まり健康維持、病気予防になります。同じように自然治癒力の発現を促しますから病気治療にもなります。

次に鍼の効果についてですが、その前に鍼の種類と簡単な用途について説明します。

鍼は大きく二種類に分けらます。一つは刺さない鍼ともう一つは刺す鍼です。
前者には、鑱鍼(ざんしん)、鍉鍼、円(圓)鍼があり、後者には、毫鍼、員利鍼、大鍼、長鍼、鋒鍼、鈹(は)鍼があります。全部で9種類あるので九鍼と言います(現在は10種類以上ある)。これらの細かい用途についてはここでは省き、効果に関連する内容について説明します。

まずは刺さない鍼では、皮膚を引っ掻いたり、接触したりする方法として、鑱鍼、毫鍼があります。また、皮膚から肌肉(浅層筋)まで圧迫する方法として鍉鍼、円鍼があります。
これは体表の比較的浅い組織を対象に、例えば、鑱鍼では皮膚を引っ掻いて熱邪を取り除きますが、これを瀉法と言います。
また、皮膚を撫でたり、浅層の血管、筋肉を圧迫して気を誘導(理気)したり気を補う(補気)ことをしますが、これを補法と言います。

次に刺す鍼では、体表の浅層から深層まで各組織のうっ滞である硬結を対象に刺鍼します。これを瀉法と言います。
また、上記のうっ滞である硬結に対して気を誘導して硬結を吸収(補法の一種で補而瀉す方法)し、気の不足に対しても気を補充します。

以上が鍼の効果ですが、これにより気血の流れが正常化し自然良能(自己防衛力・自己回復力・自然治癒力等)が活発になりますから、病気予防、健康維持、病気治療ができるのです。