感染症に罹かったら ―新型コロナウイルス感染症―

はじめに

今まではそう簡単に感染症には罹らないことについて説明してきました。伝統医学では、心身を流れる気血が順調に過不足なく巡っていれば病原菌などの邪気に侵されることはないので、発病しないという考え方があり、現在の医学では、免疫などの生体防御システムに守られ発病し難いということを述べました。この条件を満たすためには、心の安定と良好な体質(体格、体型、体力等)を確保することが重要であり、それには日常生活の見直しと改善が大事であるということも書きました。具体的には、精神(理性、情動等)、睡眠、飲食、二便、姿勢動作、運動性等のそれぞれの状態の良し悪しが決め手となることも。しかし、それぞれの状態がどのようであれば良いのかというもう一歩突っ込んだ話ができていません。これについては今後の課題として、順次述べようと思っています。
今回は次の段階である発病してしまったらどうしたらよいか、というテーマで話を進めます。そろそろ新型コロナウイルス感染症も収束しつつありますから、時期を逸しかねない状況ですが、今年の秋冬に再び蔓延する恐れがあるということも言われています。また、インフルエンザにしても新たなウイルスの感染にしてもこれからもどんどん起こる可能性があります。そのことも考慮して感染症に罹かったらという広いテーマにしました。
感染症などの急性疾患の対応は一歩間違えれば重症化、命に係わりますから、医療従事者の力量が問われるところとなります。時々刻々と変わる状況に応じて適切な処置を施さなければなりません。その際、重要なことは特に薬の使い方です。これについては一般の人達にも言えることですが、薬に対する過大評価と使用法の誤りが最も問題になります。
このように命に係わる病気では、生命力をいかに温存するかということが最も大事になりますが、薬の使い方如何で生命力を高めたり、生命力を失ったりするからです。
今回はこのことをはじめ現在の医療の中で行われていることの問題点を俎上にあげ解説します。

1. 病気とは、治るとは、治療とは何か

1)病気とは何か

病気の見方をいろいろ調べて分ったことは、現在の医学において明確な定義がないということです。従って、伝統医学の考え方を私のフィルターを介して捉えると次のようになります。もちろんこれは現在の医学に反するような見方ではありません。今の医療に十分に生かせる考え方です。
「病気とは、不注意、不摂生、医学に対する認識の誤り等、日常生活上の問題から、心身が自然の道から反れることによって、悪いもの(邪気)が入ったり、できたりして起こる。病気に伴う種々の不快な症状は、体に備わった自然治癒力(正気)が邪気を排除する過程で起こる現象であり、病気は同時に回復過程であるともいえる」
この捉え方を知っている人は案外少ないでしょう。病気は何か悪いものが体内に入って起こるとか、悪いものが体内にできて起こるというような、病気は悪であるという認識だけが常識化してしまったからです。自分とは関係のない所で起こると思い、苦痛で嫌なことが病気であると思い込んでいる人が圧倒的に多いのです。これは一面当たってはいますが、病気のもう一つの面が捉えられていません。
一つは、病気の原因を上記のように自分の問題にしていないことであり、もう一つは、内部要因の重要性が無視乃至軽視されていることです。病気を自分の問題にしない限り、症状の持つ本当の意味は分りません。さらには、治療の根本解決にもなりません。
不注意というのは、例えば、空を見ると雲行きが怪しく、天気予報は雨と言っていたにもかかわらず傘を忘れ、雨に降られて風邪を引いてしまった。新型コロナウイルス感染症関連で言えば、うっかり人と至近距離で長く話をしてしまったとか、換気の悪い中で多くの人と一緒に居て(三密)感染症に罹ってしまった。ということです。
会社の仕事や付き合いで暴飲暴食が続いたり、仕事が忙しく毎日午前様で睡眠が不足して、急性膵炎を発症したというようなことです。また、このような不摂生が続けば、新型コロナウイルス感染症にかかっても不思議ではありません。
医学に対する認識の誤りというのは、例えば、病気になると医者に行って薬を飲まないと治らないという間違った医学常識があります。また、ちょっとした症状でも癌に結びつけたり、癌は治らないと思い込んでいたりして病気をいたずらに恐れるといったことです。これは見えない敵である新型コロナウイルスを畏れる心理と共通しています。ウイルスの性質や自分の中にある力を正しく知らないことによって、マスコミ関係者や政府の専門家の悲観的、危機的言動に煽られ、いたずらに不安がっているのと同様です。
多くの人は癌細胞を外科手術で取り除くと治ったと考えがちですが、そうではありません。癌の原因はほかにあるからです。それは多くの場合日常生活上の問題です。癌が根治するか否かは日常生活の見直しと改善ができるかどうかにかかります。従って、本人の意志によるのです。
症状の多くは、邪気(悪い物)と正気(生命力の治す力、自然治癒力)の抗争で起こる現象として捉えます。従って、症状は必ずしも悪ではありません。正気が一生懸命邪気などを排除する現れでもあるからです。鍼灸(漢方)治療をすると状況によってその症状がさらに強く出てから解消するのも正気に加勢した結果です。本当に治るということはその前に苦痛を伴うことが多いのです。ところが、患者さんは悪化したと思ってびっくりします。これは症状の持つもう一つの側面が常識にないことから起こるのです。
多くの場合、薬を飲むと安心して苦痛が軽減していなくても気にならなくなったり、実際に苦痛が抑えられたりします。その間に自然治癒力が治しているのですが、これには気づかず薬が治したと勘違いするわけです。
不注意も不摂生も医学に対する認識の誤りも、日常生活上の問題も全てその人(病人)の問題です。このようなことに気を付ければ病気にはなりません。たとえなっても軽症ですみます。病気になるのもならないのもその人の問題であるということです。

2)病気は何故治るのか

「病気は天地自然から与えられた生命力の一つの現れである自然治癒力によって治るのである。」これは近代医学では軽視乃至無視されていますが、これ抜きには治ることの本質はないのです。
例えば、新型コロナウイルス感染症に罹って、抗ウイルス薬でウイルスの活動を抑制しても、最終的には自然治癒力の現れである免疫の働きと、自己複製(再生)力により正常化する(治る)のです。
多くの人は、胃癌などの癌細胞を外科手術で取り除くと治ったと考えがちですが、その傷を修復するのは自己再生力によります。しかもこれでは治ったことにはなりません。癌の原因を絶たなければ再発するからです。それは多くの場合日常生活上の問題で、この見直しと改善ができるかどうかにかかります。
いずれにしても病気が治るわけは生命力の現れである自然良能によるのです。
「すべての病気は、その経過のどの時期をとっても、程度の差こそあれ、その性質は回復過程であって、~つまり病気とは、外因によっておかされたり内因によって衰えたりする過程を癒そうとする自然のはたらきであり、云々」
これはヒポクラテス医学の継承者であるナイチンゲールが19世紀に著した『看護覚え書』の一節ですが、病気とは同時に自然の働きで癒す過程でもあると言っています。
「すべて病で熱が出、腫瘍で膿をもつのも、みな身体がその病毒を追い払い、体外へ排除しようとするテンネンのはたらき(自然治癒力)であり、医者はただその足りない力を助け、病毒に対抗する身体のはたらきが負けないように、薬や鍼灸を用いるのである。身体のはたらきが病毒を排除するのに十分ならば、必ずしも鍼灸や薬の必要はなく病気は自然に治る。ただし、気血の循環には、順序や限度があるため、急病はすぐに治るけれども、慢性化した病は気長に治療しなければならない」
江戸時代後期に平野重成の著した『病家須知』の一節ですが、これも治ることの本質がテンネンの働きであると言っています。
また、彼は現れている症状について大変重要なことも言っています。即ち、「すべて病で熱が出、腫瘍で膿をもつのも、みな身体がその病毒を追い払い、体外へ排除しようとするテンネンのはたらき~」であると言っています。前にも触れましたが、症状は体が悪いものを排除する現われでもあることを明確に述べているのです。
今の医療では症状を悪いものとみて、その症状を抑えて感じなくさせる対症療法薬が横行していますが、この薬により自然治癒力の発現を阻害し治りを悪くしたり、こじらせたりしかねないということを示唆しています。慢性化疾患においてはすぐに命に係わる副作用は出ませんが、今回の新型ウイルス感染症のような急性疾患では命にかかわる場合があります。症状を安易に抑えたり取り除くことによって自然治癒力の発現を妨げてしまうからです。従って、冒頭にあげたように医者の力量が重要課題となるわけです。
もう一つ氏は治療にかかわる重要な指摘をしています。それは、「身体のはたらきが病毒を排除するのに十分ならば、必ずしも鍼灸や薬の必要はなく病気は自然に治る。」と言っています。これは次の治療とは何かに関係する重要なところです。

3)治療とは何か

「治療とは、自然治癒力(生命力)が最大に発揮できるように援助することであり、生命力の消耗を最小限にすることである。それはこの力を妨げているものをいかに排除していくかにかかっている」
今回のウイルス感染症の治療を例に挙げて考えてみましょう。自然治癒力を十分に発揮させるためにはどうしたら良いのでしょうか。大きく二つあります。一つはもともとの心身の状態です。もう一つは心身の歪みと痛みなどの不快症状です。
前者は前から再三言っていますが、心の安定と体の安静(良好な体質)です。
後者は、専門家による治療の領域になりますが、心身の歪みの治療(バランス治療)についてはどうでしょうか。この治療は自然治癒力の発現がスムースに起こりますので、無条件に行います。ただしこの考え方と方法は現行医学にはありません。伝統医学が有する独自もので、今後の医療に生かすべき大事な内容の一つです。
不快症状をすぐに抑えたり取り除いたりする治療はどうでしょうか。これは先程も指摘しましたが、自然治癒力の発現を十分に発揮するどころか反って妨げ、病気をこじらせることが多々あります。従って、状況に拠ります。それはどうしてか考えてみましょう。
先ずは発熱からです。発熱は体の新陳代謝を活発にして自然治癒力の発現を促し、ウイルスの排除や免疫力のアップになりますので、すぐに薬や体を冷やしてその熱を下げるのは得策ではありません。むしろ体を保温したり温かいものを摂って、自然治癒力を活発化させる必要があります。ウイルスが排除されれば、自然に発汗し解熱します。
次に頭痛ですが、これは血管が拡張することにより起こります。ウイルスを不活化する免疫細胞(キラーT細胞)等が集まり易くしているのです。のどの痛みも同様です。鼻水や咳や痰はそれによりウイルス除去を促します。
また、下痢ウイルスなどを腸管から排除するのを促進する自然治癒力の働きの結果ですから、すぐに止めないで水分補給とミネラル分を補給し自然に止まるのを待ったり、時には緩下剤を投与して下痢を促進して止まるのを待つことがやはり適切な治療です。かつてO157の集団感染(2016年)で下痢止めを使用して死者が出たことはまだ記憶に新しいことです。
以上のようにすぐに対症療法薬で抑えることは賢明な方策とは言えません。感染の初期段階では特にそうです。ところが、多くの場合、医師も一般の人もすぐに薬で対処しようとします。自然治癒力に援助するどころか反って妨げてしまい、中等症に移行したり、一気に重症化する可能性が大いに考えられます。
それでは薬が有害無益かというと、そんなことはありません。上記の症状をはじめ種々の症状が長引けば、体力の消耗が起こります。その時に一時的に用いることは生命力の温存になりますから服用の時期と回数を間違わなければ非常に意味があります。
薬が自然治癒力を阻害することもあるというのを聞いたことがないと思いますが、現れている症状の多くは自然治癒力の結果出ているという考え方からすれば当然のことなのです。また、長年鍼灸治療をしていると、薬で反って病気をこじらせている患者さんがいかに多いか、いやというほど見せつけられています。 自然治癒力を阻害する要因はまだあります。最大の要因は精神不安であり、次に、過労(精神的、肉体的)、睡眠不足、栄養不足、栄養のアンバランス、運動不足、姿勢、動作の不良等です。この改善ができるとほとんどの場合薬は要りません。私は病気をしてもここ30年薬を飲んだことがありません。 以上のように、治療は、薬などをすぐに服用することではなく、心の安定と体の安静を図ることが第一です。次に自然治癒力を阻害する条件をできるだけ取り除くことです。そすれば、この力が十分発揮され治癒するのです。

2.急性疾患の捉え方と治療に関して

新型コロナウイルス感染症などの急性疾患をどのように捉えるか、伝統医学と現行医学を比較して考えてみましょう。急性疾患において、両医学は時間の経過で病態を把握します。これは共通ですが、それ以外は大いに違います。
伝統医学では、身体のどこの部位の症状であるか、どのような症状であるかによって病態を把握します。ところが、現行医学では、症状の軽重を重視します。
治療の段階になるとさらに違います。前者では時間の経過で変化する病態に応じて治療法が変化します。これは体質や生命力の状態をも考慮して治療(処方)します。後者にはこのような考え方と方法はありません。伝統医学独自のもので、今後の医療に生かすべき大事な内容の一つです。
これに関して例を挙げれば以下のようになります。
新型コロナウイルスにかかると初期症状では、“発熱、頭痛、鼻水(鼻つまり)(①)”、を起こします。また、“咽の痛み(②)”がでたり、さらには“空咳、あるいは咳、痰(③)”がでたりします。この全てで治療法が変わります。
①で体質良好(あるいは熱性、以下同じ)であれば発汗させる治療漢方であれば例えば葛根湯鍼灸であれば例えば風池、大椎、風門等に刺鍼施灸、以下同じ、具体的な方法は省略)になり、体質が不良(あるいは寒性、以下同じ)であれば体を温める治療(例えば、桂枝加桂湯、同上のところに例えば温灸)に変ります。
②で体質良好であれば清熱(消炎)、排膿を促進する治療になり、体質不良であれば体を温める治療に変ります。
③で空咳では体質良好であれば清熱と鎮咳の治療になり、体質不良であれば保湿と鎮咳の治療に代わります。
このように伝統医学はキメの細かい治療原則と方法を有するわけです。
時間が経って、肺炎になり咳、胸痛、呼吸困難等の中等症や重症化した段階になると治療原則と方法が当然ですが変わります。この段階になると生命力の状態が非常に重要な要因になります。一つ間違えれば命に係わります。注意深い観察により治療法を決め、時々刻々の変化に応じて治療法を変える必要があります。この段階での伝統医学の治療については細かくなるので省略しますが、現行医学の点滴、酸素マスク、エクモなどの人工呼吸器等は伝統医学にはない卓越した治療法であります。しかし、薬に関する現行医学の対処はどの段階においても不適切です。
現行医学では全て抗ウイルス剤で対応し、現れた症状に対しては対症療法薬を用います。そのためその薬が効く時期は限られ薬の毒作用で命取りになることも十分考えられます。また、症状を抑える対症治療薬を用いることでウイルスに勢いをつけさせ内攻し重症化させてしまう可能性があります。
また、もともと持っている基礎疾患の治療薬を飲ませ続けながら、感染症による治療薬を付け加えることが当たり前になっていますが、これは危険です。薬は基本的に毒であるという認識が軽視されています。また、大抵の薬は症状を抑えるだけで治しているのではないということです。さらには飲んでいる薬が血糖値やコレステロールを下げたり、血圧を下げたりする薬は体力(生命力)を落とします。以上のことから基礎疾患で飲んでいる薬の吟味が必須です。
最小限にする必要があります。症状の程度と状態に応じて適宜薬をやめたり再服用したりこまめに対応する必要があります。そうしなければ薬により命を落としかねないからです。
伝統医学では、急性時、慢性化疾患で飲んでいる薬はいったん止めることを原則にしています。

まとめ

参考1

新型コロナウイルス感染症の主な経過

新型コロナウイルス感染症の主な経過(20200518厚生労働省)より引用

参考2

新型コロナウイルス感染症の主な経過

新型コロナウイルス感染症診療の手引き(第1版, 厚生労働省)より引用

参考3

新型コロナウイルス感染症の主な経過

CDC. Interim Clinical Guidance for Management of Patients with Confirmed COVID-19より