自分でできる予防Ⅱ - 心の安定を得るために -

敵を知り己を知る2

前回は“敵を知ること”を述べましたので、今回は“己(おのれ)を知る”ことについて解説します。

1.己を知る-自らの中にある大いなる力を悟るために

先ずは現行の医学の基本的な考え方を正確に知っているかどうかです。いろいろ今の医学知識を持っていることは大事ですが、表層な医学知識はかえって邪魔になることもあります。マスコミの一方的な報道に煽られ、悲観的になったり、怖気づいたり、不安な毎日を過ごす要因になりかねません。“生兵法は大怪我のもと”です。“己を知ること”の第1はこの医学の基本を知らないという自覚が大事です。
多くの人は、伝統医学は過去の遺物で今の医学は万能であると思っている人が多いようです。日本の社会が重視していないのですからそのように考えるのも無理はありません。しかし、今でも十分に役に立ち生かせる内容が豊富にあります。“己を知ること”の第2は伝統医学の何たるかを知らないという自覚が大事です。 この新型コロナウイルス感染症による社会問題は良い機会ですから、この医学の考え方を是非知っていただきたいと思います。
現行の医学は、主として19世紀の後半に確立した医学である近代医学と、部分的にヒポクラテス医学の流れをくむ医学から成ります。近代医学は細菌学説と細胞病理学説と有機合成薬品による治療を基本骨格とする医学です(表1)。
一方、ヒポクラテス医学の流れをくむ医学と伝統医学は古代医学に属していますが、古代医学は、内部要因を重視することと、液体病理学説と草根木皮の生薬等の自然物を治療手段とすることを基本とする医学です。少し難しい言葉が出てきましたのでそれらを意訳すると次のようになります。

古代医学と近代医学の違い(表1)
近代医学古代医学
病因外部要因(細菌学説)内部要因(生命力)
病理観細胞病理学説液体(気体)病理学説
治療有機合成薬品等生薬(草根木皮)等

前者の細菌学説は、細菌やウイルスなどの外的要因が病気の原因であり、これらを排除すれば病気は治るという考え方です。細胞病理学説は、病気は身体の細胞が異常になることで起こり、この異常な細胞部分をやはり取り去れば、病気は治るという考え方です。
後者の内部要因重視は、不健康になったり病気になったり、病気が治らないで重症化するのは、自らの内にある生命力が低下した結果であるという考え方です。逆に言うと、ウイルスなどに感染しても生命力が充実していれば発病しない、発病しても軽症ですぐ治るということです。
液体病理学説は、体の中を流れる体液(日本の伝統医学では気・血・水)の過不足によって病気が起こるという考え方です。別の言い方をすると、病気は心身のアンバランスによって起こり、このアンバランスを調整すれば、病気は治ると考えています。このことから、伝統医学は体質医学とかバランス医学と言われています。
今回の新型コロナウイルスが蔓延している中で行われている対策は、外因としてのウイルスをいかに排除するかに終始する以外に手がなく、緊急事態宣言が発令されてからは、三密を避け、不要不急の外出の自粛という消極的な策のみしかできていません。その結果、多くの人は、いつ果てるとも知れない戦いに憂い悲しみ、見えない敵に怯え、毎日を過ごしているというのが実情ではないでしょうか。これは近代医学が外因を重視して内部要因としての生命力の状態を無視あるいは軽視してきた結果です。
伝統医学では、“憂い悲しめば肺を傷(やぶ)る”というように喜・怒・憂・悲・思・恐・驚などの情動が内臓等の身体を傷つけると言われています。これは心の不安が生命力の低下を起こし病気になるということです。心の在り方がいかに大事であるかを教えています。
また、体質が良好であればやはり生命力が充実しますから、健康であるばかりか病気に罹りません。たとえ病気に罹っても軽症ですむのです。この働き(生命力)を、伝統医学では自然良能(自然から付与された良き能力)といい、ヒポクラテス医学の流れをくむ医学では免疫と言います。このような発想があればまた違った対策ができます。
マスコミ関係者や政府関係者は心の不安を掻き立てることがいかに問題(マイナス)であるかを認識され、報道や発言にも心の在り方への配慮がなされることを願います。
マスクの買い占め、咳をすると白い目で見る周囲の目、マスクをしていないだけで避けられたり、時には怒鳴られるといったこともなくなるでしょう。また、医療関係者、医療の現場にこそ必要なマスク等の防護用品の不足の解消も早まるでしょうし、医療関係者に対するいわれなき差別もなくなるでしょう。最近では他県ナンバーの車を傷つけるという事件も起きています。このようなエゴ丸出しの状況をみていると、思いやりの文化、恥を知る文化、おもてなしの文化はどこへ行ってしまったか、これは見かけだけの底の浅い文化なのではと疑いたくなります。

2.伝統医学の知識-自然良能-命を守る三つの力

自然良能(注1)は、外界から身(み)を守る自己防衛能力、 内部環境を維持する自己複製能力があり、健康維持、病気予防を担います。また、病気になった場合これは自然治癒能力として病気を治す力を発揮します。この能力は、天地自然から付与された生命力(気)に由来し、身体の経絡(注2)の内外を流れている気血が過不足なく順調に巡っていることにより十分に発揮できると考えています。
自己防衛能力は、外邪(外界からの悪い気)から身を守る力であり、体表部から侵入した邪気(注3)衛気が防衛する力のことです。外邪の侵入を先ず皮膚上の衛気が阻止します。皮膚の内部に邪気が入った場合にもこの衛気の働きで排除します。さらに深部に侵入した邪気に対して血(営気)が担当します。それは体内環境を維持する自己複製能力が担います。
自己複製能力は、恒常性維持や新陳代謝を行う能力のことで、簡単に言えば、自分であり続ける能力です。これは、体内を流れる気血(生命力)と共に五臓(内臓)の共同作業で行われます。五臓の働きというのは呼吸、消化吸収、同化、栄養成分の全身への運搬、排泄等です。この機能が良好であれば、内部に入ってきた邪気も一掃されます。 この2つの能力が良好であれば健康であり、病気になっても軽症ですみます。不良であれば、病気に罹り易く重症化しやすくなります。
病気に罹ってしまっても自然治癒能力が働き、多くの病気は治ります。今の人の多くはすぐに医者に行き薬をもらいます。それを飲むと治ると思っているからです。最近の医者までそう思っている人もいるくらいですから、一般の人がそう思うのも当然です。しかし、これは間違っています。
拠って立つ理論の如何にかかわらず全ての治療の根底に自然治癒力、自己回復力があるから治るのです。治療というのはこの力(自然治癒能力)を十分に発揮させる方法のことです。従って、薬や種々の処置をすることだけが治療ではありません。心の安定と体の安静を図り、免疫力による病因の除去、様子をみることなども非常に重要な治療です。
ところが、この感染症の予防薬や治療薬が速やかに開発されなければ感染者は後を絶たず、また、重症患者は救われないかのように喧伝されています。しかし、これは薬以外に治す方法がないと考える近代医学的発想です。これも治ることの本質である自然治癒能力の存在を軽視乃至無視しているからなのです。
では、以上の3つの力である自然良能が十分働くために何が必要でしょうか。それは、何回も言いますように、心の安定と良好な体質です。それには、正しい医学知識と確かな死生観を持つことであり、日常生活の見直しとその改善です。さらには養生術を身につけるということです。伝統医学はこの実践面を重視しています。

3.現行医学の知識-生体防御システム

生体防御システムは、外界から細菌、ウイルスなどの異物が体内に侵入するのを防ぐシステムと、体内に侵入した異物を排除するシステムとの2つがあります。後者は免疫と言われていますが、これは一度感染症などに罹るとその後同じ病気に罹らない、或は、罹り難いという経験は紀元前から分っていたのですが18世紀終わりに治療法が開発され(注4)、それを整理した考え方(注5)です。始まりは、体外から侵入した病原微生物である細菌やウイルスなどを排除することを免疫といいましたが、その後、免疫によって体内で生じた異常細胞(損傷した細胞、癌細胞等)を排除することも分るようになりました。これはがんを未然に防ぐ生体防御システムとして発展してきたものです。
ここでは、外界のウイルスなどの異物の排除と体内に侵入したウイルスの排除について説明します。

1)外界の異物の排除

外界と接しているのは体表の皮膚と鼻や口の粘膜ですが、これらが非常に重要な働きをしています。

2) 免疫システム

免疫システムは、自然免疫と獲得(適応)免疫とがありますが、これは全身に張り巡らされたリンパ系(注8)によって行われます。このシステムが最初に働くのがのどにある扁桃です。ウイルスなどの外敵に対して身を守る最初の場ですから大変重要なところです。この関門を突破するとさらに頚部のリンパ節や全身を流れるリンパ管が対応します。

おわりに

今まで両医学の自己防衛能力をみてきましたが、私たちの体はいくつもの防御システムによって守られているということが伝わったかと思います。 “己を知る”というテーマで私が一番お伝えしたかったことが、この己(おのれ)自身の中にある大いなる力の存在です。マスコミの報道を聞いていると、このような何段階もある自己防御についてほとんど知らせず、ウイルスに出合ったらすぐに感染するかのように吹聴しています。しかし、そうではないことも分っていただけたかと思います。先ずはこの力を知りそれを信じることです。そうして、緊急事態宣言発令の前後から今まで、ずーっと受けてきた悲観的、危機的情報による精神的ダメージ(心の不安)から少しでも脱却していただきたいのです。
この大いなる力の程度には個人差がありますので、必ずしも安心しきってばかりはいられません。これも冷静に己を知ることの大事なところです。何故なら、心の安定と良好な体質にどのくらいなっているかを自ら知る必要があるからです。先程も上げましたが重要な内容ですから再度上げます。
心の安定を得るためには、正しい医学知識と確かな死生観を持つことですが、前者では、「健康とは何か」、「病気とは何か」、「治るとは何か」、「治療とは何か」、「薬とは何か」等々です。後者は、「いのちとは何か」、「生きるとは何か」、「死とは何か」などです。
良好な体質を作るためには、健康維持と病気予防としての日常生活の見直し改善が必要で、睡眠、飲食、二便、姿勢動作、運動等の状態などを対象にします。さらには健康増進としての食養生、導引按蹻等の養生法を身につけることです。これは同時に、心の平穏にもつながります(心身一如)。具体的な内容と自己評価については次回以降で書こうと思います。
“己の力を知る”とは、以上のように我々は天地の力に守られていることの自覚です。その力を手に入れるためには、真の心の安寧と体の強化を求め続けることです。前回、敵であるウイルスの何たるかを知り、今回は、己の力を知りました。これで孫子の「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ですから、ウイルスには負けるはずがありません。しかし、戦えば、戦うほどウイルスは強力になって立ちはだかるでしょう。戦えば、永遠の戦いが待っています。従って、共存共栄こそが孫子の究極の戦略である「戦わずして勝つ」に随う方策であると考えます。

次回は新型コロナウイルスに感染して発病した時の対処法について解説します。

(注1) 自然良能は、本来ヒポクラテス医学の重要な概念である“vis medicatrixs naturae”と言うラテン語の訳語で、これを自然治癒力と訳す専門家もいます。従って、一般的には病気が治る力のことだけを指しています。
(注2) 経絡は血管系統と同じように全身に分布し、この内外を気血が流れ心身を栄養する器官です。
(注3) 外邪は、長い間天気(てんのき)の異常と捉えていたが、それ以外に戻気(れいき)によるものもあると考えられるようになった。それは疫癘の病院であり、初出は、隋代に書かれた『諸病源候論』疫癘病候である(『漢方用語大辞典』(創医会学術部主編))。
また、外邪の侵入経路は長い間体表部であったが、明代になると疫癘という病邪は口や鼻から入る(感染する)という考え方も現れてた(『温疫論』呉有性著)。しかし、ウイルス等の病原微生物によるという記載はもちろんない。
(注4) 18世紀終わり頃にジェンナー(英)は人痘法に代わって牛痘法による天然痘の予防接種法を開発した。
(注5) 19世紀初頭にパスツール(仏)はジェンナーの予防接種法を整理して種々の感染症に応用した。さらには安全性の高い方法も開発する。
(注6) 皮膚表面は汗腺や皮脂腺から出る弱酸性(pH3 ~5)の分泌物で被われ、また、汗に含まれているリゾチーム(細菌の細胞壁 を破壊する酵素)により、細菌の繁殖を防いでいる。
(注7) リゾチーム、ペルオキシダーゼ、免疫グロブリン、ラクトフェリンなどが含まれているため、ウイルスの不活化や抗菌作用などの働きがあります。
(注8) リンパ系はリンパ管、リンパ節、リンパ腺、リンパ液からなります。
(注9) 抗体(antibody)とは、B細胞の産生する免疫グロブリン(糖タンパク分子)のことであり、ウイルスなどの病原微生物を不活化する。ヒトの体内では数百万〜数億種類といった単位のB細胞がそれぞれ異なる抗体を作り出し、あらゆる抗原に対処しようとしている。
(注10) リンパ管(ほぼ血管と並走)内を免疫グロブリンが広範囲に動きウイルスを不活化する。
(注11) T細胞は胸腺(thymus)で主に作られるリンパ球で、B細胞は骨髄(born marrow)作られるリンパ球のことである。